資料室|南仏アルルの名残り
ゴッホとゴーギャン、それぞれの道
このページは、西洋美術史講座
「南仏アルルの名残り——ゴッホとゴーギャン、それぞれの道」
の関連資料です。
この講座では、1888年のアルルで交差した
フィンセント・ファン・ゴッホとポール・ゴーギャンが、
その後どのように異なる絵画へ向かったのかをたどります。
ゴッホは、目の前の自然を見つめ続けた。
ゴーギャンは、記憶と想像によって世界を作り直した。
同じアルルで制作した二人は、そこから異なる方向へ進んでいきます。
しかし、アルルでの出会いは、その後の作品から完全に消えたわけではありません。
年表
アルルから、それぞれの晩年へ
| 年 | ゴッホ | ゴーギャン |
|---|---|---|
| 1888年 | アルルに滞在し、南仏の光の中で制作を進める。 | アルルへ到着し、ゴッホとの共同生活を始める。 |
| 1888年12月 | ゴーギャンとの共同生活が終わる。 | アルルを離れる。 |
| 1889年 | サン=レミの療養院に入り、糸杉やオリーブの木を描く。 | ブルターニュへ戻り、《黄色いキリスト》を制作。 |
| 1890年 | オーヴェール=シュル=オワーズへ移り、麦畑や空を描く。 | パリやブルターニュを中心に活動する。 |
| 1890年7月 | オーヴェールで死去。 | |
| 1891年 | タヒチへ向かう。 | |
| 1893年 | フランスへ戻る。 | |
| 1894年 | パリで《ナヴェ・ナヴェ・モエ》を制作。 | |
| 1895年 | 再びタヒチへ向かう。 | |
| 1897–98年 | 《われわれはどこから来たのか、われわれは何者か、われわれはどこへ行くのか》を制作。 | |
| 1901年 | 《椅子の上のひまわり》を制作。 | |
| 1903年 | マルキーズ諸島ヒヴァ・オア島で死去。 |
講座の流れ
1. アルルで交差した二人
ゴッホとゴーギャンは、1888年にアルルで共同生活を行いました。
二人は同じ家で制作し、それぞれ新しい絵画を模索していました。
しかし、二人が絵画に求めたものは同じではありませんでした。
ゴッホは、目の前の自然や人間を見つめながら描いた。
ゴーギャンは、見たものを記憶や想像の中で組み立て直そうとした。
この違いは、アルル後の二人の絵画を比べるための、
重要な手がかりになります。
2. ブルターニュで、ゴーギャンの絵画は形を変える
ゴーギャンは、印象派の光や風景の表現だけでは満足できなくなっていました。
彼が求めたのは、目に見えるものをそのまま描くだけではなく、
記憶、想像、信仰を重ねる絵画でした。
ブルターニュには、独自の言語や衣装、信仰、風習が残っていました。
当時のパリの画家たちには、近代都市とは異なる土地に見えたのです。
《黄色いキリスト》では、キリストが聖書の土地ではなく、
ブルターニュの風景の中に現れます。
宗教的な主題が、その土地の人物、色彩、風景の中へ置き直されています。
ここでゴーギャンの絵画は、目に見える風景の再現から、
記憶や象徴を重ねる絵画へと大きく変わっていきます。
3. タヒチへ——聖なるものを別の土地に置き直す
ゴーギャンは、ブルターニュの先に、近代ヨーロッパからさらに遠い世界を求めました。
その先にあったのが、フランス領タヒチでした。
ただし、当時のタヒチはすでにフランスの植民地でした。
ゴーギャンが求めた「近代文明から遠い世界」は、
現実のタヒチそのものではなく、画家自身の理想や想像によって
作られた面もありました。
《イア・オラナ・マリア》では、
聖母子像がタヒチの人物と自然の中に置き直されます。
《アレアレア》では、日常の人物や動物がいる風景の奥に、
礼拝のような場面が描かれています。
ただし、これは現地の儀礼をそのまま記録した絵ではありません。
ゴーギャンは、タヒチの人物や自然を手がかりにしながら、
日常と神話、信仰が重なる世界を絵画の中に作り上げました。
4. パリ、そして記憶の中のタヒチ
1893年、ゴーギャンはフランスへ戻ります。
しかし、タヒチは過去の経験として終わったわけではありませんでした。
パリで制作された《ナヴェ・ナヴェ・モエ》では、
タヒチで見た人物や自然が、記憶と想像の中で組み立て直されています。
ゴーギャンのタヒチは、現地で見た風景から、
記憶の中で作り直される世界へと変わっていきます。
5. ゴッホの到達点——自然の力と人間感情
一方、ゴッホは最後まで、目の前の自然を見つめ続けました。
サン=レミでは糸杉やオリーブの木を描き、
オーヴェールでは麦畑、空、道、鳥を描きました。
《カラスのいる麦畑》では、雷雲、風、麦畑、鳥、道が、
ひとつの大きな動きの中に置かれています。
この絵は、ゴッホの不安や孤独だけを自然に投影した作品ではありません。
まず画面に描かれているのは、風や天候によって動き続ける自然です。
その自然の力に、見る者は緊張や孤独を感じ取ります。
自然と人間の感情が響き合うところに、ゴッホの到達点を見ることができます。
6. ゴーギャンの到達点——人間存在への問い
ゴーギャンの探求は、やがて
《われわれはどこから来たのか、われわれは何者か、われわれはどこへ行くのか》
へ向かいます。
画面には、幼児、若い人物、果実を取る人物、老女が描かれています。
右から左へ、誕生から老い、死へと人生の流れをたどるように構成されています。
一方で、左側の老女で視線が完全に止まるわけではありません。
奥の青い像や人物の配置を通して、
視線が画面の中をめぐるようにも見えます。
これは、この作品を読む一つの見方です。
画面には、キリスト教的な問い、ポリネシアの神話への関心、
そしてゴーギャン自身の創作が重なっています。
《黄色いキリスト》では、ブルターニュの風景にキリストが現れました。
《イア・オラナ・マリア》では、聖母子がタヒチの人物と自然の中に現れました。
《ナヴェ・ナヴェ・モエ》では、タヒチが記憶と想像の中で作り直されました。
それまでの試みが、《われわれは…》において、
生と死、人間とは何かという大きな問いへ広がっていきます。
7. 終章——アルルの名残り
ゴッホとゴーギャンの道は、アルルのあと大きく分かれていきました。
ゴッホは、目の前の自然を見つめ続けた。
ゴーギャンは、記憶と想像によって世界を作り直した。
しかし、アルルでの出会いは、ゴーギャンの中から
完全に消えたわけではありませんでした。
ゴーギャンはアルルで、ひまわりを描くゴッホを描いていました。
その後、遠いタヒチで、ふたたびひまわりを描きます。
《椅子の上のひまわり》のひまわりは、ゴッホを強く思わせます。
さらに椅子というモティーフは、
ゴッホがアルルで描いた《ゴーギャンの椅子》を思い出させます。
これは、この静物画を読む一つの手がかりです。
ひまわりと椅子には、友情、敬意、競争意識、
そしてアルルで向き合った二人の記憶が重なっているようにも見えます。
南仏アルルの名残りは、遠いタヒチの画面にも静かに残っていたのです。
紹介作品リスト
| 章 | 作者 | 作品名 | 制作年 | 収蔵先 |
|---|---|---|---|---|
| 導入 | フィンセント・ファン・ゴッホ | 《ポール・ゴーギャンに捧げられた自画像》 | 1888年 | ハーバード美術館、ケンブリッジ |
| 導入 | フィンセント・ファン・ゴッホ | 《黄色い家》 | 1888年 | ファン・ゴッホ美術館、アムステルダム |
| 導入 | フィンセント・ファン・ゴッホ | 《アルルの女、マダム・ジヌー》 | 1888年 | オルセー美術館、パリ |
| 導入 | ポール・ゴーギャン | 《夜のカフェ、アルル》 | 1888年 | プーシキン美術館、モスクワ |
| 第1部 | ポール・ゴーギャン | 《黄色いキリスト》 | 1889年 | Buffalo AKG Art Museum |
| 第2部 | ポール・ゴーギャン | 《イア・オラナ・マリア》 | 1891年 | メトロポリタン美術館、ニューヨーク |
| 第2部 | ポール・ゴーギャン | 《アレアレア》 | 1892年 | オルセー美術館、パリ |
| 第3部 | ポール・ゴーギャン | 《ナヴェ・ナヴェ・モエ》 | 1894年 | エルミタージュ美術館、サンクトペテルブルク |
| 第4部 | フィンセント・ファン・ゴッホ | 《糸杉》 | 1889年 | メトロポリタン美術館、ニューヨーク |
| 第4部 | フィンセント・ファン・ゴッホ | 《雨のあとの麦畑、オーヴェールの平野》 | 1890年 | カーネギー美術館、ピッツバーグ |
| 第4部 | フィンセント・ファン・ゴッホ | 《カラスのいる麦畑》 | 1890年 | ファン・ゴッホ美術館、アムステルダム |
| 第4部 | ポール・ゴーギャン | 《われわれはどこから来たのか、われわれは何者か、われわれはどこへ行くのか》 | 1897–98年 | ボストン美術館 |
| 終章 | ポール・ゴーギャン | 《ひまわりを描くファン・ゴッホ》 | 1888年 | ファン・ゴッホ美術館、アムステルダム |
| 終章 | フィンセント・ファン・ゴッホ | 《ひまわり》 | 1888年 | ナショナル・ギャラリー、ロンドン |
| 終章 | フィンセント・ファン・ゴッホ | 《ゴーギャンの椅子》 | 1888年 | ファン・ゴッホ美術館、アムステルダム |
| 終章 | ポール・ゴーギャン | 《椅子の上のひまわり》 | 1901年 | ビュールレ・コレクション、チューリヒ |
関連エッセイ
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作品をもう少し深く読みたい方は、こちらもご覧ください。
- ゴッホ《寝室》を読む
- ゴーギャン《イア・オラナ・マリア》を読む(準備中)
- ゴーギャン《われわれはどこから来たのか…》を読む(準備中)
Edogawa Art Salon, Tokyo
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