2025年8月24日(日)、しのざき文化プラザ主催の一般向け西洋美術史講座「西洋美術史への扉」にて、「はじめてのゴッホ―心を揺さぶる色彩と人生の物語」の講師を務めました。
定員36名の講座は、募集開始後、即日満席となりました。
フィンセント・ファン・ゴッホは、世界でもっともよく知られた画家のひとりです。《ひまわり》や《星月夜》、燃えるような黄色、うねる筆触、耳切り事件、そして悲劇的な最期。ゴッホという名前には、非常に強いイメージが結びついています。
今回の講座では、こうした「悲劇の画家」というイメージだけにとどまらず、ゴッホがどのように世界を見つめ、自分自身の色彩と表現をつくり上げていったのかを、生涯と作品の両面からたどりました。
信仰から絵画へ
講座の前半では、画家になる以前のゴッホが抱いていた宗教的な情熱と、ベルギーのボリナージュ地方での伝道活動を取り上げました。
ゴッホは炭鉱労働者の生活に深く心を寄せ、人々の苦しみに近づこうとしました。しかし、そのあまりにもまっすぐな姿勢は宗教組織に受け入れられず、伝道者としての道を断たれます。
この挫折を経て、ゴッホは人間の苦しみ、働く人々の姿、自然の中にある慰めを、絵画によって表そうとするようになります。
社会の中で何度もつまずきながらも、なお人間と世界を見ようとしたこと。そのまなざしが、ゴッホの画家としての出発点にあったことを確認しました。

浮世絵との出会い
ゴッホの表現を大きく変えたもののひとつとして、日本の浮世絵との出会いも取り上げました。
明るい色彩、平面的な画面、大胆な切り取り方、強い輪郭線。浮世絵には、西洋絵画の伝統的な陰影や遠近法とは異なる、世界の見せ方がありました。
ゴッホは浮世絵を単なる異国趣味として受け入れたのではなく、自然と人間が調和して生きる理想的な世界の表現として見ていたと考えられます。
もちろん、それは現実の日本そのものではなく、ゴッホの心の中につくられた「理想の日本」でもありました。しかし、その理想は、影に沈まない明るさ、輪郭線の強さ、大胆な構図となって、ゴッホの作品を変えていきました。

南仏アルルで見つけた色彩
講座の中心では、1888年にゴッホが移り住んだ南仏アルルでの作品を見ていきました。
強い光、明るい色彩、広がる自然。ゴッホはアルルの風景に、浮世絵を通して思い描いていた日本のような世界を重ねました。
アルルは、現実の南フランスであると同時に、ゴッホが新しい芸術と生活を始めようとした理想の土地でもありました。
《ひまわり》《夜のカフェテラス》《黄色い家》などを通して、ゴッホが現実の色をそのまま再現するのではなく、色彩によって希望、慰め、孤独、緊張といった感情を表そうとしていたことを考えました。
また、ゴーギャンとの共同生活と芸術家共同体への期待にも触れ、アルル時代の明るい色彩の奥にあった、希望と不安の両面をたどりました。

ゴッホ芸術の核心へ
ゴッホの人生は、決して穏やかなものではありませんでした。しかし、彼の作品を悲劇や苦しみだけで説明することはできません。
そこには、世界をもう一度明るく見ようとする力があります。孤独の中でも、自然や人間の暮らしに慰めや希望を見いだそうとするまなざしがあります。
今回の講座では、ゴッホを「狂気」や「悲劇」によって理解するのではなく、信仰、働く人々への共感、浮世絵との出会い、南仏の光、そして色彩による感情表現を通して、自分自身の絵画を探し続けた画家として見直しました。
作品について少し知ったあと、もう一度《ひまわり》や《星月夜》、アルル時代の風景画に戻ると、その鮮やかな色彩の奥にあるゴッホの希望や切実さも、最初とは少し違って見えてきます。
実施概要
講座名
西洋美術史への扉
「はじめてのゴッホ―心を揺さぶる色彩と人生の物語」
日時
2025年8月24日(日)14:00〜15:00
会場
しのざき文化プラザ 3階講義室
定員
36名
参加費
500円
主催・運営
しのざき文化プラザ
講師・講座構成
長谷川浩一
美術史研究家/Edogawa Art Salon, Tokyo
主なテーマ
ゴッホの信仰と挫折/働く人々へのまなざし/浮世絵との出会い/南仏アルル/色彩と感情/ゴーギャンとの共同生活










