西洋美術史への扉「若きピカソ編」
2026年2月7日(土)、しのざき文化プラザ(東京)主催による西洋美術史講座「西洋美術史への扉」にて、「若きピカソ編」を開催しました。
本講座では、パブロ・ピカソの若き時代に焦点を当て、バルセロナからパリへと向かった画家の歩みをたどりながら、青の時代、薔薇色の時代、そして近代美術の大きな転換点となる《アヴィニョンの娘たち》へ至る道筋を読み解きました。
バルセロナの旧市街には、若いピカソが行き交った路地があります。芸術家たちが集ったカフェ「四匹の猫」や、都市の熱気の中で、ピカソは同時代の芸術や文学、思想に触れ、若き才能を育んでいきました。
その後、ピカソはパリへ向かいます。モンマルトルの「洗濯船」と呼ばれた安アトリエには、貧しさと熱気が同居していました。バルセロナで育まれた才能は、パリという芸術都市の中で、さらに大きく加速していきます。
講座では、こうした二つの都市を背景に、若き日のピカソがどのように自分の表現を変化させていったのかを、作品を通して見ていきました。

講座の主な内容
バルセロナ時代
若き才能を加速させた街バルセロナ。芸術家が集ったカフェ文化や都市の熱気を背景に、ピカソが何を吸収したのかを紹介しました。
パリへ――青の時代、薔薇色の時代
“青”はなぜここまで心に刺さるのか。色彩の効果を手がかりに、孤独や沈黙が画面の構造として成立していく過程を見ていきました。
《アヴィニョンの娘たち》の衝撃
ピカソが数多くの習作を重ねて到達した《アヴィニョンの娘たち》を取り上げ、ここで起きているのが単なる「奇抜さ」ではなく、絵の見方そのものの変化であることを解説しました。
キュビスムへ
《アヴィニョンの娘たち》での実験が、やがて方法として整理され、キュビスムへと展開していく流れを紹介しました。
主に取り上げた作品
- 《老人の肖像》 1895年、モンセラット美術館(モンセラット、スペイン)
- 《アイロンをかける女》 1904年、グッゲンハイム美術館(ニューヨーク)
- 《サルタンバンクの家族》 1905年、ナショナル・ギャラリー(ワシントンD.C.)
- 《アヴィニョンの娘たち》 1907年、ニューヨーク近代美術館(ニューヨーク)
- 《マンドリンを持つ少女》 1910年、ニューヨーク近代美術館(ニューヨーク)
- 《ラム酒のボトルのある静物》 1911年、メトロポリタン美術館(ニューヨーク)
開催概要
講座名:西洋美術史への扉|若きピカソ編
日時:2026年2月7日(土)14:00〜15:15
会場:しのざき文化プラザ 3階 講義室
主催:しのざき文化プラザ
講師:長谷川浩一
参加費:700円
定員:54名
講座を終えて
ピカソ、とりわけキュビスムは、「難しい」「わかりにくい」と感じられやすいテーマです。本講座では、いきなりキュビスムを説明するのではなく、若きピカソが生きた都市、色彩、貧困、孤独、芸術家たちの交流をたどりながら、その表現がどのように変化していったのかを見ていきました。
《アヴィニョンの娘たち》は、単に奇抜な作品ではなく、絵画を見る側の視線そのものを揺さぶる作品です。顔や身体が面として組み替えられ、複数の視点が一つの画面に共存することで、近代絵画は新しい段階へ進んでいきました。
本講座では、若きピカソの歩みを通して、20世紀美術の出発点となる「見ることの変化」を考えることを目指しました。









